FC2ブログ

あちゃー。。。 ⇒ そうなりますか。。。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

$91:自己否定。その繋ぎ目の肯定。

東京来ていがったことが あった。

大好きな 村上龍さん がメインインタビュアーを務める


カンブリア宮殿


って番組を 今日 偶然みっけただわさ
いあいあ これ ラッキー♪
龍さんの顔見てるだけで ものっそい劣等感に堕ちるわぁ
同時に 変なモチベーションてか 負けん気てか
そゆのが沸いてくるので 龍さんを見れると幸福だあー
普段は本でしか逢えないからねー
テレビで動いてる姿と 声聞くと 感動しちゃうのさー




何か 今日出てたどっかの社長が言ってたのが

 「常に自己否定がいい
  そして
   その否定の中から
    どれだけ 肯定部分
     を見出せるかが 重要だ」

みたいな事。

うーん なるほど と思ったというか。



どれだけ 悩んでもいいんだぜ。
 どんだけ 迷ってもいいんだぜ。
  でも そこで止まるな,と。

そういうことかぃ?

大事なのは悩む事そのものではなくて
 迷い泣き俯くことじゃあなくて
  その後 どうやって前を向くか?

って そういうことなのかぃ?



龍さんは (いつもの調子で) 聞いてたなぁ

 「勝者の定義とは なんですか?」

その発想には
 半分賛成で 半分疑問かな。 今の僕はね。
とっても微妙な アナログな境目だけれども
 「勝つこと」 と 「善く生きること」 は
  あんまり 相性がよくないと思うんだ。
こと 今の時代は きっとそうだと思うよ。

だから
「勝つためにこれをやるぜ」ってのと
「善く在るためにこれをやるぜ」ってのは合致しない。
そんな気がするなぁー



でも
 もし そうであっても
  「道筋」を見つけていくための「手法」は
   似ているのかな って 思ったじょ

それが 冒頭の話ね。

 「自己否定することを否定するなかれ
   否定の中に 肯定を見出していけ
    そのためのプロセスとして
     どれだけ悩もうと迷おうと
      悲観することなんてないんだぜ」


とにもかくにも いい番組見た♪ らっきぃー




余談だけど,
(いえ このブログは全てが余談ですね)

今回の主題みたいなことを
巷のニート君やらヒッキー君やらメンヘル君に言っても
恐らく 理解できないんだろうな って思った
言語としては当然理解できるんだろうけど
実行に移行するための理解や 元気は
彼らにはないんだろうと思った

実は そこが ニートやヒッキーやメンヘルと
それ以外の人間らとの 圧倒的な差異だと思う。



彼らは 「自己否定の行為そのもの」 の
それ以上でも以下でもない存在だからだ。
そこから 一歩も踏み出そうとしないからだ。

以前も言ったように
今後はそれが 「格差の根本」 となるだろう。
自己否定だけを続けるか?
否定を繰り返しながら肯定をすくい上げるか?
その行動の差が 格差 となるだろう。
そして
僕は ぜひとも そんな世界になってほしいと思っている。
ダメな人間を 堂々と「ダメだ」と言わずにおけない
才能の無い奴を 指差して「能無し」と言うことが義務なような
そんな世界を 望んでいる。

「善く生きること」 と 「勝つために生きること」
に もうひとつ 共通していると思えるのは
どちらにせよ 「他者にまぎれながら自己を模索する」
ってことだと思う。
他者を否定だけすると,死ぬ。
心身が乾き,妄想や妄信で,世界は真っ暗だと感じる。
腐った世間を否定し,しかし肯定するという理不尽。
はたまたその理不尽の中からどれだけ希望を見出すかという
「勝つためのプロセス」と「善さを失わないためのプロセス」。
悪の定義のライン,善さの定義のライン,
勝利の手段の良し悪し,才能の有る無しのライン。

四方八方,360度,
どこからみても自由だけれども,
何にせよ「生きる方針」てのは難しいや。





結局は
 やっぱり
  「大丈夫 まだ やれる」
と念じながら 酔っ払いながら

それでも 歩くことを止めないようにしよう。

それを 再確認できた番組だったって オチ。





寝るか orz。。。

(つづく)
スポンサーサイト

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。